はじまりは突然 41





お父さんとお母さんが仲良く出掛けて行ったのを見送って、くるりと踵を返して台所に戻る。


「行ったか?」

「うん。仲良ぅ手ば繋いで行ったとよ」

「ったく。勘弁してほしか」

「まったくっちゃねー」


顔を顰めて膨れっ面を晒すカズ君にくすくすと笑いつつ、頷いた。
さっきまで、朝ご飯を食べている間中、両親がイチャついているのを見せ付けられていたのだ。
今日がデートだと浮かれてしまう気持ちも解らないでもないが、やっぱり子供の目の前では少しは控えてほしいと思う。


「ばってん、ほんまにお母さんてば嬉しそうやったなー。お弁当もいつもの料理以上に気合入れて作っとったし」

「そうなんか?」


うん、と頷きながら、コーヒーメーカーからマグカップに琥珀色の液体を注ぎ入れて、カズ君に手渡す。


「で、お前は作らんかったんか?」

「へ?何を?」

「弁当」

「え、え?カズ君、お弁当のがよかやった?」

「いや、亜希子さんが作ったんやったらお前も作ったんかと思うただけったい」

「あー・・・うん。お母さんには「作ったら?」て言われたばってん、やめといたんよ」


本当は私もお弁当を作ろうかと思っていた。けれど、それはさすがにやめておいた。だって、そんなものを持って外で一緒に食べるとか、普通に付き合っている恋人同士のようじゃないか。
それは気恥ずかしすぎるし、照れくさいし、何より自分が虚しくなるような気がして・・・
カズ君と私は姉弟で、決して恋人には成り得ないのに、一時のそんな幸せを感じてしまったら、もっともっとと欲張ってしまいそうなんだ。


「えっと、さ。平日は私のお弁当持ってって食べてくれとるっちゃろ。だけん、こういう時くらいは外で何か美味しかもんば食べた方がよかかな、って。私の料理ばっかやなんて、飽きるっちゃろ?」

「は?そげんこつあるわけなかやろ。バリエーション多かやけん、飽きるこつなかばい」


さらりとそんな事を言われてしまって目を丸くする。


「へ?え?そ、そう?」

「おう。いや、まぁ・・・お前も休みくらいは作りたなかよな。悪か」

「や、別に謝らんでもよかなんちゃけど・・・」


うわぁうわぁうわあああ!何かすっごい嬉しいんですけど!私の料理は飽きないだなんて言ってもらえるとは思わなかった。
カズ君の方を見ながらにこにこと笑っていると、カズ君所在無さげに頭をガシガシと掻いて、コーヒーを飲み干して立ち上がった。


「そろそろ俺らも行くか」

「あ、そうやね。じゃ、着替えてバッグ取ってくると」


パタパタと小走りで自分の部屋に戻り、急いで着替え始める。姿身の鏡の前でどこかおかしいところは無いかと最終チェックをして、机の上に出しておいたバッグを手に持つ。あ、ちゃんと中身の確認もしちゃわないと。
財布良し、携帯良し、ハンカチとティッシュも良し、化粧直し用にファンデと口紅・・・くらいでよかよね。あとは、あ、定期定期。電車に乗るかもしれんもんね。良し、OK!
いつになくうきうきと足取りも軽く階段を降りると、玄関で座ってカズくんが待っているのを見て慌てて駆け寄る。


「ごめん!お待たせ、行こっか」

「おう」


2人で玄関を出て、とりあえず駅方面へと足を向ける。


「どこ行くんか決めたんか?」

「んーん。決めてなかとよ。カズ君は行きたかとこあらへん?」

「俺も別に無かやなぁ」

「そっか。うーん、どこ行こうね」


歩きながら相談しつつも、どこへ行くかは中々決まらず、うーんと頭を捻る。
そうしている間に駅に着いてしまい、切符売り場へと歩いていくと、そのすぐ横に貼ってあるポスターが目についた。


「ね、ね、カズ君。これ!」

「ん?」

「こん1日切符っていうの買ってさ、行ったこつ無か場所とか探検してみぃひん?」

「・・・。お前、自分が方向音痴なん解っとうか?」

「むぅ、そげんこつ自分でもよーく解ってますー。ばってん、今日はカズ君が一緒やけん、大丈夫っちゃろ?」

「ま、ええか。面白かかも知れんな」

「でっしょ。決まりー!じゃあ、切符買うてくると!」


上機嫌に切符売り場で駅員さんに呼びかけ1日切符を2人分購入し、ちょうどホームに来ていた電車に飛び乗った。


「これ、鈍行っちゃね。どこで降りる?」

「そげなもん、勘に任せる」

「あはは!了解っす」


空いている席に並んで座ると、外の暑さとは違い、冷房が効きすぎて寒いくらいの空調だった。けれど、窓から差し込むぽかぽかと暖かい日射しがそれを中和してくれる。そんな日射しを背に受けて、話をしながらゆったりと時間が過ぎるのを楽しむ。
うん、いいなぁ、こういうの。わくわくドキドキちょっとうきうきして、すごく楽しいかも。
お互いに何も話さなくても気にならない。話したい時に話が出来るこんな雰囲気が心地良い。窓の外を見れば緑が広がっていて、それも心を暖かくしてくれる。
と、キラっと何か光ったように思えて、ベタリと窓に額をくっつけて外を注意深く見やる。


「あ、カズ君、海っちゃよ、海!へぇー、こっちの方来るとすぐ海やったとね。知らんかったと」

「じゃあこの辺で降りてみるか?」

「うん、良いかも。海沿い歩いてみよ」


停車した駅に降り立って、改札を出てからこっちの方が電車から見えた海だろうというカズ君に着いて歩き出す。
しばらく歩くと、海が見えてきた。通りに沿っていくと海へと降りられる階段を見つけて、意気揚々とそこへ駆け出した。


「こら、走るなや」

「よかやん、何かはしゃぎたなったっちゃもん。海海ー!」


意外と穴場なのか、人影は見当たらなかった。きっとこの辺は遊泳が禁止な場所なんだろう。静かな海岸は旅行で行った先のような喧騒が無くて、独り占め出来る爽快感に頬が緩んだ。
潮風が涼しくて、日射しの強い今日のような日には嬉しい風だ。波を見ていると少し入ってみたくなって、靴を脱いでぽいぽいと砂の上へと投げ捨てた。
そっと足を水へつければ、その冷たさが気持ちよくて波打つ水をバシャバシャと蹴り上げて遊んでみる。


「そげんこつやっとうと服ば濡れるぞ」

「だーいじょうぶやって、足だけやけん。冷たくて気持ち良かよー」


そう言うと、カズ君も靴を脱いでジーパンの裾を折り曲げてこっちへと歩いてきた。
それに笑みを浮かべて、カズ君の足元へとバシャンと水を軽くかけてやれば、「おー、ほんまやな。冷たか」と顔を綻ばせて私と同じようにバシャバシャと水飛沫を上げさせ始める。
あ、こういうカズ君の子供っぽいとこ、久々に見るかも。
くすくすと笑いながら、寄せてくる波を受けて2人でしばらくの間水の冷たさを堪能しつつ、波打ち際を歩いて行く。


「うぁ、痛っ!」


突然の痛みに足を上げてみれば、足の裏からポタリと血が落ちた。たぶんガラスでも落ちていたんだろう、さっくりと切れてしまっている。
私の声に振り返ったカズ君は、立ち止まっている私の方へとバシャバシャと水を蹴りながら歩いてきた。


、どげんした?」

「あ、ちょっと待った、カズ君!それ以上こっち来たらあかんとよ、この辺割れたガラスかなんかが落ちとうけん」

「つー事は、お前足切ったんか」

「あははー、やっちゃいました」

「アホ、笑うとう場合と違うっちゃろが」

「わわ、カズ君、こっち来たらあかんてば!」


そんな私の言葉には構わず、こっちへ歩いてきてひょいと体を抱き上げてしまった。


「ちょ、ちょっとカズ君!?自分で歩くって!」

「自分で歩いたら傷口に砂ば入ってしまうやろが。大人しぅしとれ」


正論を言われて素直に黙る。
降りてきた階段へと戻り、その段差に降ろされてから足の裏の切れた傷口を見てみると、それほど深くは切れていないようだった。これくらいなら、すぐにでも血は止まるだろう。
ごそごそとバッグを漁ってティッシュを取り出して傷口の血を拭おうとすると、それをパっと奪われた。


「カズ君?」

「足の裏やけん、自分じゃやりにくかじゃろ。俺がやる」

「え。や、大丈夫やって。自分でやるし、」

「よかけん、黙っとれ」


ピシャリと言われてしまって黙り込む。あーあ、またドジやっちゃった。こんな時にもカズ君に迷惑かけちゃうなんて、情けないなぁ、私。
自分に呆れつつ、傷口からまだ流れる血を丁寧に拭ってくれるカズ君の手をじっと見つめる。
と、ふいにカズ君が顔を上げた事に驚いて体を後ろに引いた。


「絆創膏はさすがに持ってきとらんか?」

「あ、どうやろ。もしかしたらあるかもしれんけん」


またごそごそとバッグの中を探りながら、そういえば定期入れに入れてあったような、と思い出した。


「あった!」

「ん。それ貸せ」

「うん。ありがとね、カズ君」


取り出した絆創膏をお礼を言いつつカズ君に渡して、ペタリと貼ってもらう。
処置を終えてすぐに立ち上がったカズ君は、放り出したままの靴を取りに行ってくれて、どこまでも世話をかけてしまって申し訳ないなぁと苦笑いする。
やっぱりカズ君て優しかよね。最初会った時からずっと、こういう優しさをくれていたなぁ、と思い出して笑う。


「何や、何笑っとうと」

「んっとね、カズ君と自転車で買い物に行った時にこつ思い出してしもうたとよ。あん時も立ち乗り出来んくて転けた私にカズ君優しくしてくれたっけ、て」

「あー、が運動神経ゼロを披露したやつな」

「うっわ、酷かー!ゼロやなかやもん、3くらいはあるっちゃよ!」

「何段階で?」

「う・・・、10段階で、かな」

「ははっ!そげんくらいやったらゼロと変わらんったい」


笑われてしまって、むうぅと膨れっ面を晒す。そげに笑わんでもよかやん、どうせ運動神経無かやもん、カズ君みたくスポーツ万能やなかやもんー。


「ちぇ、馬鹿にしてー。カズ君さ、私のこつほんまに年上に見とらんよね。1回くらい『お姉さん』て言うてみ?」

「無理やな。俺がそげんこつ言うたら気持ち悪かだけやぞ」

「・・・・・・・・それはそうかも。うわ、想像したら鳥肌たったと!」

「お前な、それはそれで酷かやぞ」


そんな遣り取りに2人で笑い合う。
思いもよらず2人で一緒に出かけられて、こうした時間がとても楽しくて、ずっとこの時間が続けばいいのに、と願う。





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