やはり、実際にガーデンプランナーの仕事を間近で見て体験するというのは、すごく勉強になる。
早瀬さんには感謝、だな。







はじまりは突然 23







火曜日には初めてという事もあってか、説明めいたものばかりだったけれど、次の週、日曜日からは早瀬さんのデザインを採用した敷地での作業の手伝いに入った。
そうしてまた、感動する。
見せてもらったデザインの図案。それを見ただけで、頭の中で想像すれば、とても綺麗な景色が広がる。
おちゃらけた人だけれど、仕事に関しての早瀬さんは本当に尊敬に値する人で。あれで私にじゃれついてくるような事が無ければ凄く良い人なんだけどなぁ、と思う。
何故か私は早瀬さんに気に入られているのか、よく話し掛けられたり、頭を撫でられたり、偶に抱き着かれたりする。
家にもバイト帰りには毎回送ってくれたりして、悪いなぁと思って断っても、頑として譲らないところがある。

・・・早瀬さんが家に来るとカズ君の機嫌が悪くなるんだけどなぁ。

はふぅ、と息を吐いてベットにゴロンと寝転んで天井を見上げる。
普段、プランナーのバイト以外の日には普通に話してくれるのだけれど、早瀬さんが来た時には、カズ君は部屋に篭ってしまうのだ。
食事をする時にも不機嫌なままだったりして話し掛けられる雰囲気ではなくて、まともに話す事が出来ない。
カズ君と話が出来ないっていうのはつまらないんだよなぁ・・・。

今日は水曜日で、昨日の火曜日の事。ガーデンプランナーのバイトの後に、例に漏れず早瀬さんが家まで車で送ってくれて、カズ君はやっぱり部屋に閉じ篭ってしまって話せなかった。
仕方無いか、とこうして寝転んで本を読もうと開いていたが、そのうちに眠気が襲ってきて、まだ寝るには早い時間だというのに寝入ってしまった。
結局、目が覚めれば外は真っ暗な時間で、時計を見ればいつもよりも1時間以上早かった。

充分に睡眠を取って、すっかり目の覚めた私は、もう1度寝るにも目が冴えてしまっていてそれも出来なかった。
もう起きちゃえ、と体を起こしてベットから降り、咽喉を潤そうかと階段を下りて台所に向かうと、リビングから光が漏れているのに気が付いた。
そろ〜っと覗けば、一見誰も居ないように見えたが、ソファから足だけがぶらりと下がっている。
近付いてソファを背凭れの方から覗き込めば、そこには腕を枕にしてカズ君が寝入ってしまっていた。
電気と同じく点いたままのテレビには、サッカーの試合が映っていて、ビデオを見て熱中しているうちに寝てしまったんだな、とくすりと笑いを零した。
このままだと風邪を引いてしまうから起こした方がいいか、と声を掛ける。



「カズくーん、こげんとこで寝とうと風邪引いてまうよー」



しかし熟睡しているようで返事は無く、狭いソファで器用に眠るカズ君の前に回り込んでしゃがんだ。
そうして、じっと寝顔を見つめてみた。



「寝とうとほんま可愛いかよね、カズ君。えい、起きろ!」



ぷにっと頬を突つくと嫌そうに眉間に皺を寄せたが、まだ起きる気配は無い。
きっと毎日の練習で疲れてるんだろうなぁ、サッカー漬けだもんね。
頬を緩めて笑みを浮かべつつ、カズ君の顔を見る。寝顔はとても穏やかで、いつも通りの、普段のカズ君の表情。
どうして早瀬さんが来るとあんなにも機嫌が悪くなるんっちゃろ?

おっと。こんな事を考えているよりも、早く起こしてしまわないと風邪引いちゃう。
そう気付いて、カズ君の体をゆさゆさと揺さぶる。



「カーズーくんって、起きんと風邪引くよー!・・・って、う〜ん、起きへんなぁ」



こうまでして起きないとなると、どう起こせばいいのか分からず途方に暮れる。何だかだんだんヤケになってきたりして、もっと力を入れて強く揺さぶった。



「カズ君!カズ君ってば!起ーきーろー!もう、いっつも早起きの癖になし起きへんとよ!」



変に腹が立ってペシンとおでこを叩いてやると、「う〜ん・・・」とむずがる声を出した。
あ、ようやく起きるかな?と様子を見守っていると、カズ君の手が自分の方へと伸びてくる。
え?と思っているうちにドサッとカズ君の体が自分の上へと圧し掛かってきて、床に押し潰された。



「え?ちょ、ちょっとカズ君?ねぇ、起きとうと?・・・なワケ無かか。こん状態ばちかっぱ苦しかなんやけど・・・起きてよーぅ!」



寝ているために全体重が自分にかかり、押し潰されている苦しさに、ペシペシと手の届くカズ君の背中を叩く。
そうしてふっと体が軽くなったかと思うと、真上からカズ君に見下ろされる形になった。



「あ、カズ君、起きた?ていうか目の焦点ば合ってなかやけど、まだ寝惚けとうと?」



手を目の前でひらひらと振るも、反応が無い。
まだ寝惚けてるんだな、と少し呆れた。とりあえずまた押し潰されても困るから、とカズ君の下から這い出そうとすると、両手をガシっと掴まれた。
そのまま床へ押し付けられるようにされてしまい、現状にだらだらと冷や汗が流れてくる。
こ、これって・・・どう考えても押し倒されとう体勢にしか思えんのですけど?



「カズ君!ね、カズ君てば!寝惚けとらんとしっかり起きてー!」



暴れようとするが、カズ君の大きな両手がガッシリと私の手首を掴んでいるために、両手はビクともしない。
動けない状態にどうすればいいのか分からず焦っていると、上からぼそっと呟く声が聞こえた。聞き取れなかったせいで、思わず問い掛けてしまう。



「え、何?何て?」

「・・・・・・逃げんな・・・」



そう言って顔がスッと近付いてくる。どんどん距離が無くなり、あと数cmで口同士が重なりそうになる、と思った瞬間、反射的に俯いた。
途端、ゴスっと大きな音がする。



「痛たっ!」



どうやらカズ君の顔が私の頭に直撃したようだ。額がズキズキと痛みを発している。
ていうか!あのまま顔を逸らさなかったら、私・・・カズ君と、キ、キキキスしてたんじゃ!?ぎゃーー!
頭を過ぎった考えにボンと顔が真っ赤に染まる。目の前では、私と同様に顔に痛みが走った事でようやく目が覚めたのか、目を丸くするカズ君がいる。



「は??え、あれ・・・夢、か?って、うわ!ななななしこげんこつなっとうと!?」



事態をようやく理解して慌てて私の上から飛び退くカズ君の姿を呆然と見つめる。
カズ君はといえば、私の額に当たった口が痛むのか、手で押さえて真っ赤な顔をしていて、「ああ、カズ君の口が私のおでこに当たったんか」とぼんやりと思って、さすりと擦った。
そうしてどんどん恥ずかしさが増してくる。カーッと熱が首から上がってきて、俯いてチロリとカズ君の方を見る。



「あ、あのな・・・、その・・・」

「その、えっと。カズ君、大丈夫?」

「え、え?な、何が・・・」

「えと、口。痛か?」

「や、別に・・・平気ったい」

「うん、そっか・・・ごめんね、私って石頭やけん」



はは、あはははは。
2人で乾いた笑いを漏らして、ふいと視線だけを逸らす。
えーっと・・・一応、どうしてこうなったのかを説明しておいた方がいいかな?そう思って、ポツリポツリと一部始終を話し始める。
それを聞き終えた後、カズ君はまだ真っ赤な顔を俯かせて、手の平で隠そうと思ったのか顔を覆って大きく息を吐いた。



「・・・悪か。俺、寝惚けとったと」

「や、別に・・・」



でも、私の頭っていうのは相当に固いと思うんだ。まだカズ君は手で口を覆って擦っているし、痛みが引いていかないんじゃないだろうか?
そう思って、「大丈夫?」と言いながら近付くと、カズ君は座ったまま後ろにズザザと後退さった。私はひとり、四つん這いで手を伸ばした間抜けな格好で止まってしまう。

えー・・・と、ばり気まずかなんちゃけど、どげんしたらよかなんかな・・・

何か話題を転換するものはないかと部屋を軽く見回すと、壁に掛けられた時計が目に入った。
時刻は5時を指していて、いつも自分が起きだす時間になっていた。



「あれ、もう5時っちゃね。朝ご飯ば作ろっかな」

「あ、ああ・・・そげん時間か。お、俺も走ってくるけん、着替えてくるったい」

「あ、うん」



ダッと居間から出ていったカズ君を見送り、少しばかり呆然とする。放心状態のままノロノロと体を動かして、つけっ放しのテレビを消してビデオの電源も切って、テーブルの上に乱雑に置かれたままのビデオテープを片付ける。
それが全部終わった頃、ドタドタというこの家ではほとんど聞いた事の無い音が廊下に響き、ひょこっと居間から顔を出したが、もう玄関にはカズ君の姿は無かった。素早く靴を履いて玄関を飛び出していったらしい。
カズ君が勢いよく閉めた反動で玄関の戸が少し開いていて、それがカズ君の動揺加減を表している気がして、何だか笑いが込み上げてきた。
あんなにも慌てたカズ君を見たのは初めてだ。



「ぷっ、ふふっ、あはははは!」



笑い出したら、もう止まらなくなった。カズ君てば可愛いかねー、あげに慌てんでもよかやのに。
ぷくくと笑いながら台所に入り、一体どんな夢を見ていて寝惚けたんだろうか、と思い返す。
「そういえば、さっきの・・・キスされそうになったんよね」と、目の前まで近付けられたカズ君の顔を思い出して、ボンと真っ赤になった。



「うわうわ、ちょい待ち!カズ君は寝惚けとってあげな行動取った訳であって、私にその・・・キス、しようと思うとったんと違うんやから!きっと他の事間違えたとかそういう事なんだよ。うん、そう。そうよね・・・」



自分で考えた答えに、ズキンと心臓が痛くなった。
え、あれ?何で急にこげんとこが痛ぅなると?
首を捻り、考えても解らないその痛みは無視する事にした。けれど、朝食を作っている間もズキズキと痛んだままな事実に、眉を顰めた。






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