「ショー・ダウン!やー、10のフォーカードでまた僕の勝ちですけ!」

ラーシュはカードを放り投げ、中央に集められたチップを掻き集める。
札が3枚と硬貨が4、5、6……500ギルは持って行ったか。
既に5ゲームやり終えているが、そのたびにラーシュは役を揃える。
初心者のくせに札の切り方遊びのポーカーではない。玄人じみた切り方をしてくる。

全員揃ったところで我らは広間でラーシュの「外であそびませー!」攻撃をどう交わすか悩んだ末、
ヴェルドがポーカーを教えるということで決着がついた。
当然ヴェルドと主人がゲームに加わる時点で単なるカードゲームで済むはずがなく、
どちらからという訳でなく勝手に金を中央に投げての賭博になった。

が、ビギナーズラックなのか知らぬがラーシュの勝ち方が並ではない。
イザヤ・シュタルフもまあ巧く立ち回っている。
彼の場合は目を醒ましたクリスティーナがコソコソと口添えして手堅く守っているという感じだ。
思えばクリスティーナもよく主人たちと賭博ポーカーをしていた。癖を分かりきっているのだろう。
大損しているのは結局言い出した大人たちだ。

「チッ、持ってけ持ってけ!」
「……ヴェルド、こいつにポーカーなんて余計なこと教えやがって」
「仕方ねぇだろがよ。この歳でババ抜きするよかマシだろ」

財布を開き、大人たちがぶつぶつ文句を言いつつ言葉を交わす。
一方の子供たちは仲良くカードを混ぜている。
汚い大人どもが子供たちにしてやられる姿というのは、いつ見ても痛快なものだ。

『おーい、ハラ減ったー!』

カードを混ぜていたイザヤの手に軽いネコパンチが飛ぶ。
時計を見ると午後6時を若干過ぎたところ。夕食まではまだ時間がある。

「はいはい。ちょっと待ってくださいね」
『待てねー!待てねー!俺もう餓死するー!』

そしていよいよ指にカプリと噛み付いた。
噛み付いたところで甘噛みだ。猫の習性で他者に甘える場合によくやるのが甘噛みである。
つまりクリスティーナはイザヤに甘えているのだ。
まあ、腹が減っているのも事実だろうが。

「指食べても美味しくないでしょう。分かりましたよ、ボーロ出してあげますから」

イザヤは指に噛み付いたクリスティーナをそのままにして立ち上がり、
空いている方の手でバッグの中を漁った。
その間もクリスティーナはしつこくぶら下がっている。
指で猫を釣る。そんな言葉が浮かんだ。

「それにしてもいっしゃん、よっくよくみゃーみゃー鳴くメコですにー」

”いっしゃん”というのはラーシュ専用のイザヤの呼び方だ。
こうなると途端に会話の雰囲気が田舎じみてくる。
まるで近所の中年男のように聞こえるから不思議だ。

「彼女は人の言葉が分かるんです。だから普通に僕たちが会話するのと同じように、彼女も喋っているんですよ」
「ほー。じゃ、いっしゃんはそんメコが何てせってるか分かるんですけ?」
「ええ。ただ、彼女の言葉しかわかりませんけど。他のにゃんこは無理です」

バッグから出てきたのは「こねこちゃん用たまごボーロ」の袋だ。
若干緑色を帯びているのは卵のほかに緑黄色野菜が含まれているからだ。
犬もそうだが、猫も肉食動物とはいえβカロチンや葉緑体を若干だが必要とする。
肉や魚を含むエサばかり食べていると脂肪肝になってしまうのだ。
しかし、元が肉食なのでやはり野菜は若干でよい。定期的にエサの銘柄を変えるのも効果的だ。

ただし野菜とはいえ、タマネギなどのユリ科植物は血液を溶かしてしまう成分を含んでいるので与えてはならない。
俗に言う「タマネギ中毒」を起こし、最悪死亡するケースもある。
私?私は犬だが特殊な犬だ。タマネギを食したところで何ともないがどちらかというと好きではない。
む、偏食ではないぞ。ただユリ科植物の臭いが嫌いなだけだ!主人がアレを切る姿を見ただけでも嫌だ。
大蒜など出された日には元々裸足だが裸足で逃げ出したくなる。
――いや、話が逸れた。

「すみません。かじりついちゃってるんで開けてください。こうなると次のエサを見つけるまで放してくれないんで」

イザヤはその袋をラーシュに渡した。投げてよこさずにわざわざ手渡しするのがこの少年の良いところだ。
それに対しクリスティーナ、お前はスッポンか。

「なら僕がそのメコちゃんにこれあげてもええですけ?」
「どうぞ」
「やー!僕メコ大好きですにー、嬉しいですわ!」

ラーシュはうきうきした様子で袋の封を開ける。
そして中から2、3粒のボーロを取り出すと掌に載せてクリスティーナの鼻先に持っていく。

クリスティーナは珍しく食べ物を目の前にして慎重だった。
イザヤとラーシュを交互に見て、しばらく様子を窺う。一応警戒はしているらしい。
尻尾は丸まっているし、耳も後ろに寝せている。ただ、ヒゲは前に向いているので興味はあるようだ。
陽気な食べ物馬鹿ではあるが、クリスティーナは意外にも人見知りの激しい女だった。
今回もラーシュ・アンデルセンが彼女の個人領域に入ってきても安全な男かをここで見定めているようだ。

「安心しろ。そいつは私よりも無毒だ」

見かねた主人が声をかけた。
勿論主人には現在のクリスティーナの言葉を理解することは出来ない。
私は例外だが、通常時に彼女の言葉を理解できるのはイザヤ・シュタルフと小娘のみである。
まあ、彼女は主人が躾けたようなものなので、大抵何を言いたいのかが分かるのだろう。

しかし、何を指して毒とするのか定義が定かではないが、世の中を見渡せば主人より無毒な人間のほうが割合が高い。
主人が有毒すぎるのだ。
この主人の毒にあたって無事な人間は少ない。大抵身の回りに集まる人間は主人の毒を自身の毒で制する者ばかりだが、
小娘の場合は主人の毒を中和してしまう特殊な人種だ。
その点でラーシュ・アンデルセンと小娘は同じ人種と言ってもいいだろう。

その主人の言葉にクリスティーナが動いた。
前足でちょいとボーロを転がし、ポリポリと音を立てて一個食べる。
その姿に歓声を上げたのはラーシュだ。

「めごー!もっとあげるけ、こっちさ来ー!」

いよいよラーシュがクリスティーナを捕まえた。
そして、そのまま抱きかかえるとぺたりと床に座ってクリスティーナを撫で回す。
こういう姿を見るとラーシュは本当に猫が好きらしい。
ただ、可愛がり方をみるとまさに子供の可愛がり方だが。

「やー!ちっこくてフサフサ!なーに、僕は全然恐くないですけー」
『いーやーだー!イザヤー!助けてくれぇー!』

うむ、実に愉快な光景だ。
いいぞラーシュ・アンデルセン。もっとやれ。
いっそそいつを再起不能にしてやってくれ。煩いから。

「そうですか、クリスさんも喜んでますよ」
『おい通訳!』
「彼女は撫でられるのが好きなんで、もっとどうぞ」
『お前ー!後で覚えてろよー!最低ネコキック30発だ!……って、あああー!喉の下は触らないでぇー!』

イザヤもそっぽを向き、笑いを堪えながら誤訳を続けている。
これは本当に再起不能になるかも知れんな。

「ただいまー!」

そこへ帰ってきたのが小娘とヴェルドの娘だ。
男どもを置き去りにして外に買い物へ出かけていたらしい。

『うわあユフィー!助けてくれー!』

全員が帰還者に意識が向いた隙を狙って、クリスティーナがラーシュの腕から逃げ出した。
そして素早く走ってユフィの腕に飛び乗る。

「んー、どうしたのクリス?」
『あいつにグリグリ撫で回されたー!しかも皆助けてくんねーし!』
「そうかそうかー。ま、アイツまだ子供だから見逃してやって」
『俺もうぜってーあいつに近付かねぇ!ユフィのそばに居る!』
「そう言わない」

ユフィはそのままクリスティーナを抱きかかえたまま、主人に寄っていく。
何をするのかと思えば、買って来た飲み物を渡している。

「……頼んだ覚えは無いが」
「ま、飲んでみなよ」

さて、くどいようだが小娘によって鼻先に突きつけられたものを押し返せないのが主人である。
その得体の知れない飲み物の缶を受け取り、恐る恐る蓋を開ける。
食べ物馬鹿のクリスティーナはいつの間にか小娘の腕から降り、主人の膝に前足を乗せて見上げていた。
そして、ゆっくりと缶に口をつけた。

「……ッ!?」

背後からマグナム弾で撃ち抜かれたような表情で主人の動きが止まる。
その水を打ったような沈黙の後に、缶が鈍い音を立てて床に落ちた。

『あんぎゃー!爪先に水!爪先にネバっとした水付いたーッ!』
「お父さん、ズボンに中身しみこんでる!」
「げっ、ヴィンセント!ちゃんと缶持ってろよ!」

しかし主人は苦悶の表情で辺りを見回し、慌てて洗面所に走った。
その場で飲んだ中身を吐き出さずに持ちこたえたのは、なけなしの矜持……いや、忍耐と根性というものだろう。
主人は面倒臭がりだが、忍耐と根性だけは無駄にある男である。
だがその主人が涙目になるほどだ。想像を絶する味だったのだろう。

「ははーん、やっぱ甘かったかー」

ラーシュが慌てて持ってきたモップで床を拭きながら、小娘が缶を拾った。
引っ繰り返すと”白樺ジュース”と書かれている。
どうやら白樺の樹液を煮詰めて飲み物にしたもの、らしい。

「あの、これ5倍希釈用って書いてあるけど……」
「え、マジで?!」

フェリシアの指摘どおり、裏に「1:4の割合で薄めてお飲み下さい」と書いてある。
なるほど、主人は5倍に薄めて飲むものをそのまま飲んだというわけか。

『イザヤー!尻尾!尻尾にもヘンな水付いたー!』
「あーあ、びしょ濡れじゃないですか。じゃあもうお風呂入っちゃいましょ」
『嫌ぁーッ!風呂は嫌ーッ!風呂はやめてー!お願いだからー!』
「そんなこと言ったって仕方ないじゃないですか」

クリスティーナの項を摘まんでイザヤは旅行バッグを経由し、そのまま風呂場横の洗面所に行った。
旅行バッグの前に寄ったのは、ネコ用シャンプーを取りに行くためだ。
そのまま青い顔をして戻ってきた主人の横を「失礼しますね」と横切り、ガラガラと洗面所のドアを閉める。
そして水の音がした途端に中から「フィギャァ――ッ!」と断末魔の悲鳴が聞こえてきた。

イエネコというのは爪先に水が付いただけでもかなり嫌がる生物である。
狂犬病ではないかと疑いたくなるが、それが猫の習性というものだ。
イエネコにとって水に触れても平気な部分というのは舌だけだ。
中には水に飛び込んで魚を取る種類のものも居るが、それはニブルヘイムに住むごく一部の品種である。

「メコちゃん、もうらしい……」

モップを片付けながら、部屋を出るラーシュが風呂場のほうに目をやった。
相変わらず断末魔の悲鳴は続いている。
フェリシアが父親の着替えに付き添い部屋に戻ってしまった今、この場でクリスティーナに同情するのはラーシュくらいなものだ。
さて、この調子では風呂から上がってガビガビになった姿を見て何と言うかが楽しみだ。

「あ、アンタもびしょ濡れじゃん。着替えたら?」
「……あのな、ユフィ」
「悪かったよ、毒味させて」

やはり毒味だったか。

「下に洗濯乾燥機あるから、アンタが風呂入ってる間に服洗っといてあげるよ」
「…………。」

渋々了承して、主人は私をホルスターごと外して机の上に置き、着替えを取ると風呂場に消えた。
小娘も後片付けをし終わると主人の洗濯物を掴み、部屋を出る。
こうして部屋には私だけが取り残された――はずだった。
しかし、

『ふむ、やはりこれくらいの騒ぎがないと面白くないな』

出た。
水や湿気がなければ出てこないはずなのだが、
先程床を拭いたモップの湿気や洗面所からの水蒸気で部屋の湿度が急激に上がった。
この曲者からすれば、まさに快適な状態になっている。

恐らく主人は存在すら認識していないだろう。
しかし私が思うに、この男は主人の明るい未来にとって最も有害で危険で、尚且つ警戒すべき男だ。
小娘の回りにある路傍の石は様々存在するが、こいつは特に捨て置くにはあまりに強力で厄介だ。

『帰れ悪霊』
『ユフィの影の中にか?せっかく離れてここに居てやってるのだが』
『ふざけるな。ただ、星に還るのならば文句は言わん』
『言ったな、駄犬』

アレクサンドル・フィリップ・ガイアール。
主人がレーテの対岸に居る間に小娘と懇意になった老人の悪霊だ。
普段は小娘の影の中に潜み、何かあればたまにこうして姿を現す。
小娘はこの悪霊を悪くは思っておらず、影の中に住むのを了承し、尚且つ”アレク”と親しげに呼びかける。
勿論小娘にとってこの悪霊は単なる友人だが、悪霊からするとそうでもない。

忌々しいことに悪霊は小娘に惚れている。
しかも主人よりも女というものをよく知っている。幽霊というハンディキャップを全く感じさせない。
逆に幽霊といい勝負という主人の恋愛音痴は、仕えている身としてはいっそ泣けてくる。
小娘に愛想を付かされる前に何とかなればいいのだが。

『何しに来た』
『用がなくとも出てくることもある。いつ現れようが俺の勝手だろう』

アレクサンドル――小娘風に言えば”アレク”はベッドに腰掛けたまま、大きな欠伸をした。
今まで影の中で寝ていたのか、いつも結っている白髪交じりの髪も今回は下ろしている。
チッ、そのまま永遠に寝ていればいいものを。

『ま、貴様がカリカリしているところを見ると……ヴィンセント・ヴァレンタインは相変わらずか』
『黙れ』
『嘘でも”そんなことはない”くらい言って強がれ』

例の如く憎たらしい口を叩き、アレクがベッドから立ち上がった。
そして私の前にやってくる。

『駄犬、貴様の大事なご主人様に伝言だ。
 いつまでも放っておくならば俺が貰うぞ。夢の中だけが俺の縄張りというわけではない。
 こうして水さえあればいつでも生きている頃のように姿を固めて――』
『汚い手で気安く触るな!』
『こうして貴様を持ち上げる事も出来る。つまり、先を越してユフィを女にしてやることも可能だ』
『消えろこの悪霊!』

しかし、渾身の力で投げた枕を見事に交わされた。

『ほう、駄犬のくせに物を動かすことも出来るのか。厄介だな』
『何ならベッドも投げつけてやろうか!』
『構わんぞ。その前に消えれば問題ない』
『ぐっ……!』

そのとき洗面所のドアが勢いよく開いて、中からボロ雑巾が水を滴らせながら走ってきた。
一気に場の空気が弾けて普段のそれに戻る。
改めて、幽霊が出てくると場の空気も固まることを思い出す。

アレクは足元を走り去ろうとするそのボロ雑巾を、素早く摘まんで鼻先に持ち上げた。
ビタビタと水を滴らせるそれは、よく見ると変わり果てたクリスティーナである。

『久し振りだな。どうした、風呂にでも入れられてたか』
『誰かと思ったらジジイじゃねーか!何してんだ?』
『ちょっとな、馬鹿な犬をからかいに来た』

――馬鹿とは何だ!

『犬?まあいいや。っていうか聞いてくれよジジイ!』
『あーあー、はいはい。どうでもいいから早く毛を乾かせ』
『風呂も嫌だけどドライヤーはもっと嫌だ!』
『すっかりネコだな』

遅れてドアが開き、イザヤがバスタオルとドライヤーを構えて入ってきた。

「クリスさーん、体乾かさないと風邪ひきますよー!
 あーあ、もうこんなに床びしょびしょにして。後から来た人滑っちゃいま……」

そしてアレクと目が合う。

「……誰?」
『何だ、見えているのか。ならば小僧、俺がここに居た事は内緒だぞ』

お決まりの唇の前に人差し指を立てる仕草をして、悪霊がやっと消えた。
それに伴い、持ち上げられていたクリスティーナが「ふんぎゃっ」と声を立てて落ちる。

沈黙。
そして、

「おおおおおおばけだぁ――ッ!」

イザヤの気の抜けた叫び声が、狭く小さいロンググラード村全体に響き渡った。



TO BE CONTENUED__